凍星   >      >

Confetti

 オベルの官舎から市街一の目抜通りへと近付くにつれて、人々のざわめきが段々と大きくなってくる。
 常装の軍服と異なる礼装を身に付けたネリスは、同じく礼装を着込んだヤールの後に付いて人波の中を喧騒の中心へと向かっていた。

 ネリスがベルナデットとヤールと共にファレナから帰還してすぐ、オベルでは群島解放戦争終結を祝った事に始まり今日まで続く祝祭が催されようとしていた。
「王家の山車には間に合わないな」
 何事も先陣を切る家風の王族が先導するパレードが間もなく始まろうとしていた。
 ありがたい姿は訓示で拝んだし、別に構わないだろ? と振り返るヤールに、一呼吸置いてから「はい」と答える。
「……なんだ、見たかったか?」
「いえ……」
 喧騒に語尾が掻き消され、後は足早に目的地を目指した。

 通りに面した警備の詰所に滑り込み、二階へ上がると、兵の一人がヤールとネリスにパレードを一望できる窓辺を譲ってくれた。妙なところに顔が利く上司を訝りながら、割れんばかりの歓声が轟く外を覗く。
 パレードは三分の一程が通過したところだった。
「そろそろだな」
 ファレナ解放戦争に協力し帰還したベルナデットがその功を称えられ、提督であるスカルドと共にパレードに列せられて間もなくやってくる。
 当初はヤールとネリスもその列に加えられる案があったが、ヤールが大小様々な理由を付けて体よく辞退した為、二人は沿道に居るのだった。
「人が多すぎるな。おまえさんあの中を練り歩きたかったか?」
「……いいえ」
 ヤールが並べ立てた辞退理由の中で、最後に挙げた最も些細な本音「柄じゃない」には、奇しくもネリスも心中同意した。
「ゾッとするよな」
 そう悪戯っぽい苦笑をする上司に心ならずも頷く。

 楽隊の音が近付くと、人々の歓声が一際大きくなり、その後ろから提督とベルナデットを乗せた馬車がゆっくりとやってくる。
 車上に立ち沿道に向かい上品に手を振るベルナデットにヤールが指笛を鳴らすと、気付いたベルナデットと目が合う。笑いながら敬礼するヤールに、ベルナデットの笑顔が一瞬ひくついたような気がした。迷いながらもネリスも上司に倣い敬礼すると、ベルナデットが答礼の代わりにウィンクを返してきた。二人に気付いたスカルドが、来るか? と招く素振りをすると、ヤールが敬礼のまま首を振る。それを笑い飛ばして、パレードは二人の前を通り過ぎてゆく。ベルナデットが振り向いて手を振った。
 それに手を振り返したヤールが、「……さて、終わったな」とネリスに向き直る。
 去り際に窓辺を譲ってくれた兵士に礼を言ったヤールが何事か返され、「仕事だよ」と言い置くのが聞こえた。

「さて……後は自由の身だ」
 ヤールが口八丁でパレードの栄光と引き換えに手に入れたのは祭の当日の休暇だった。礼装は、ベルナデットに対する義理立てのようなものだ。
「おまえさんどうする? ここで解散するか」
「それとも……何か食ってくか?」
 言われてみると、朝から身支度に気を遣い食事もそこそこにしていたところに緊張が解けて、空腹感がわいてくる気がした。街には人出を当て込んだ屋台がそこかしこに魅惑的な匂いを漂わせている。
「あの……じゃあ、おまんじゅう、食べませんか」
 あっさりリクエストが出てきたことに意外な顔をしつつも、ヤールが同意する。
「よし。じゃ、中身は何にする?」
「……カニ?」
 さっきパレードを見てた人が美味しそうに食べてたんですよね……と取り留めの無い会話をしながら、店を探して歩き始める。
 行く手の路地から駆け出してきた子供たちが、紙吹雪を撒き散らしながら歓声を上げて通り過ぎていった。その小さな後ろ姿と、それを笑いながら見守る大人たちを見ながら、ネリスはファレナの王都が解放された日や、群島に帰還する自分たちを見送る人々の眼差しを思い出した。

「ヤール殿」
「お祭りっていいですよね」
「……平和で」

「そうだな」
 ネリスの肩に付いた紙吹雪をつまんで、ヤールが同意する。
「仕事じゃなく眺める分には最高だな」
 フッ、と紙吹雪を飛ばしてにやっと笑う。

  「……長袖を着てるヤール殿には違和感がありますけど」
「俺も」

 ベルナデット様に菓子折りを持っていかんとなぁ、と軽口を叩きながら、礼装の二人が祝祭の街へと紛れていった。


「しかし何だな、これ着てると休みって気がせんな」
「……脱がないでくださいね」
「おまえさんだって俺とじゃつまんないだろ。せっかくの祭りなのに」
「…………いいんです、誰かと約束も無いし。それに、こういう日は……独りより誰かと居た方が、楽しいでしょう?」
「……だな」
(そういうわけで今から十月十日後に産まれるガキが多いんだよな)
(わかってねえかもだけど)


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