凍星   >      >

めぐ   ———  3・曝露

「ネリスさん、お顔の色が優れませんけど……」
 シャルミシタに心配そうに声をかけられ、ネリスが意識を取り戻す。
 夜中に酷く気分を害してから、ベッドへ戻ってもしばらく寝付けなかったために、太陽の眩しさにめまいがする。
「すみません、少し寝不足で……」
「倒れそうじゃないか。いいよ、やっとくから休んでな」
 傍らのニフサーラがネリスの手からマントを奪い、日陰へ行くように促す。
「はいよ、これも」
 ニフサーラがマリノの隣でせっけんを擦るベルクートにそれを渡した。湖から流れる川のほとりに作られた洗濯場は、晴天とあって盛況だった。

「膝をお貸ししましょうか」
「いえっ、そこまでは…………」
 シャルミシタに付き添われ、日の当たらない木陰に腰を下ろし、幹に寄りかかった。浅瀬で遊ぶ子供達の声を遠くに聞きながら、意識はまた昨夜のヤールの言動に向く。
 何故、自分はこんなにも怒っているのだろう。ひどく侮辱されたように聞こえた「つまんねぇ」の一言が、どんな意味かもわからないというのに。
 目を閉じて、心を落ち着けようと呼吸すると、いつの間にか眠りに落ちていた。

「お……起きたか?」
 目を開けると、柔らかい草の上に広げた敷物に横たえられていた。その上で軽食をとっていたニフサーラとシャルミシタに見守られていたらしい。
「っ、すみませ……私、すっかり……!」
「あら、無理しないで。大丈夫ですよ、ほんの少ししか経ってませんわ」
「ネリスも食うかい?」
 ニフサーラに薄いパンのようなものを示されるが、遠慮して首をふる。
「いえ、そんな……」
「寝起きですものね。とりあえず、お茶はいかが?」

 シャルミシタに渡された紅茶の良い香りに、次第にネリスの気分が冴えてきた。
「おいしいです……」
「良かった」
「ちょっとは休めたかい」
 おかげさまで、と答えるネリスの視線の先で、張られたロープに吊るされた洗濯物たちがはためく。二人とその主人の物らしい、異国の鮮やかな柄の布が一際目を引いた。

「寝不足って、あの上司のせいだろ?」
 ニフサーラの言葉に紅茶を詰まらせそうになる。
「いけないわ、そんな不躾に」
「ナクラに聞いたぜ、相当なバカ騒ぎだったって」
 ニフサーラが男たちを馬鹿にしたように笑う。
「……そうだったんでしょうね。もう、ふらふらで帰ってきて……とにかくお酒臭くて!……それで、ひっくり返って、寝ちゃいました……」
 昨夜の様子をそうごまかすと、ニフサーラが更に問う。
「酔っ払いに無体をされなかったか?」
「ニファ!」
 シャルミシタに窘められるが、
「いや、合意の上ならいいけどさ?心配じゃないか……酒の席で、ネリスの話をしてたって言うし」
 と続けた。

「え……」
 ネリスが不安げな顔をするのを見て、シャルミシタがニフサーラを軽く睨む。
「あの…………どんな?」
 問いかけるネリスに、ニフサーラが
「聞きたいなら言うけど……」
 とシャルミシタを横目に念を押す。
「……聞きたいです」
「そうか。まぁナクラも飲んでたから正確さは怪しいけど…………」
 と前置きして口を開く。
「手を出せない美人なんか、つまんねぇ!ってくだを巻いてたってさ」


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