凍星   >      >

めぐ   ———  1・本音

 深夜、居室のドアが不意に開いた。
 ネリスが驚いて衝立の向こうへ問いかける。
「ヤール、殿……?」
「おー」
 決まった回数ノックをする約束が守られなかった理由が、部屋へ入ってきたヤールの様子ですぐに分かった。
 姿は見なくとも、衝立の向こうから思わず鼻をつまみたくなるような酒の匂いが漂ってくる。
「…………飲み過ぎじゃないですか?」
「まさに浴びたって感じだなぁ……」
 聞いたことのない声色で、力ない返事が聞こえる。

「おまえさん起きてたのか」
 服を脱ぎながらヤールが話しかける。
「……寝てましたけど、起きました」
 ネリスが答える間、衝立の向こうのベッドへヤールが倒れこむ音がした。
「ちょっと……大丈夫ですか?」
 答えが帰ってこないので、心配になったネリスがベッドを降りて衝立の向こうを覗き込む。
 辛うじて下半身は脱ぎきっていなかったヤールが、解いた髪をざんばらにして虚ろな目をして転がっていた。
「ヤール殿…………横向きの方がいいんじゃ?」
「吐かねぇよ」
 まるで信憑性のない酔っ払いの台詞に、ネリスが顔をしかめる。
「ちゃんと水飲んできたんですか?……ほら、お腹掛けて」
 仕方なく毛布をかけてやろうとしたそのとき、ヤールが不意にニヤッと表情を歪めた。
「おまえは声もカワイイな」
 思いもよらない言葉に、ネリスの動きが止まる。
「鈴を転がす、ってやつだ」
 けたけたとおかしそうにヤールが続ける。
「そりゃああいつら羨ましがるわな」
 目の前のネリスが目に入っていないかのごとく独り言のようにつぶやいた後、ふと大口を開けて欠伸をする。
「くぁあ…………………………つまんねぇ」

 そこまで聞いたネリスが寝間着のまま部屋を小走りに出ていった。取り残されたヤールはまだ酩酊の淵にいて、何が起こったのか理解していない。
 ネリスはどこへ向かっているわけでもなく、とにかくあの部屋から離れようとしながら、ヤールの言葉が頭に渦巻いていた。
 「カワイイ」と言った顔の、ありふれた嫌らしさ。
 「あいつら」と言った顔の、凡庸な優越感。
 そして、虚ろな目の…………
(つまんねぇ、って、どういうこと……!)

 今まで知らなかったヤールの、俗な「男」の部分を見せられたようで、ネリスは怒りとも失望ともつかない混乱の中で、ただ夜明けを待つ城を歩いていた。


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