凍星   >      >

つい

「ご苦労様でした。どうぞ一息お茶でも」
 ムラードに勧められて、ヤールとネリスが医務室の隅に腰を下ろす。
 定期的に行われる患者の寝具の取り替えを手伝い終えたところだった。
「やはり息の合ったお二人だと仕事が速い」
 嬉しそうなムラードが急須から温かい茶を注いでゆく。
「傷病者も増えて先生方も大変でしょうから」
 対外的には殊勝なことを言うヤールだが、今回はネリスも同意した。
「このくらいでお力になれるなら、いつでも」
「ありがとう存じます」
 重ねて礼を言ったムラードが、看護を担う人々に二つ三つ指示を出す間、二人は静かに茶を味わった。
「ああそうだ、どうです、茶請けでも」
 ムラードが戸棚から何らかの瓶詰を取り出す。
「干し柿、ですか」
「ええ。お嫌いですかな?」
「いいえ、では遠慮なく」
「ヤール殿、少しは遠慮してください」
 療養食に使うのでは?と尋ねるネリスにムラードが答える。
「ええ、そのようにも。ご存じかな?生の柿は身体を冷やしますが、干し柿は温める作用があるのです」
「ほお」
 柿を口の隅に入れたままヤールが感心する。
 その様子を横目で睨むネリスに、ムラードが微笑む。
「ネリスさんもどうぞ」 「では……」
 頂きます、と一口かじったネリスが、頬の中に広がる甘味に目を見張る。
「うまいだろ」
 ヤールに言われて声は出さずにこくこくとうなずいた。
「はは、干すことで栄養が凝縮されますからね」
 ムラードが柿を堪能する二人を見てまた笑う。どうも医師は先程からとても機嫌がいいように見える。
「……いや今日は、お二人の働きを見ておりまして、何やら懐かしい気持ちになりましてね」
 お茶のおかわりを受け取ったヤールが眉を上げる。
「なぜかと思いましたら……ふふ、私の古い友人たちに似ているな、と」
「先生の……?」
 不思議そうな顔をするネリスに、
「ええ、医者仲間と……もう一人は戦士でした」
 ムラードがどこか遠い目で続ける。
「二人とも背が高くてね……や、背格好だけでなく……気が合わないようでいて、絶妙なコンビだったのですよ」
 あなたがたのようにね、とムラードが二人を見やる。

 お互いを奇妙な目つきで見合う二人に、
「いやあ、お引き留めしてしまって」
 とムラードが話題を変えた。
「いえ、こちらこそ。珍しいものを頂きまして」
 ヤールが応じて立ち上がる。
「ごちそうさまでした」
 ネリスも席を立ちお辞儀をした。

(先生の医者仲間といやあ…………しかしなあ)
 廊下を歩きながら思いつく節をたどるヤールが不意にネリスを振り返った。
「?……何です?」 「いや………………柿、うまかったな」
 実感のこもった物言いに、ネリスが脱力して返す。
「……ご褒美目当てに入り浸らないでくださいね」

 茶器を片付けて当番の引き継ぎ準備を始めようとしたムラードが、ふとつぶやいた。
「しかし……そうだ、心性は、まるで逆だな!」
 奇妙な気付きを得たムラードがまた頬を緩める。
 そこへ、夜番のシルヴァが靴音高らかに職場へと入ってきた。
「変わりないか…………何だ、何がおかしい?」
 ムラードの表情にシルヴァが怪訝な顔、というよりも無遠慮に睨み付ける。それに動じずムラードが答えた。
「若者はいいな。仕事が速い」
 ふっふ、となお笑いを漏らすムラードに、
「若くて愚図では使いようがない」
 とシルヴァが辛辣な言葉を投げた。


2021.11.12

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