凍星   >      >

誰かの子守唄

 太陽暦と呼ばれた暦が、400年を数えて500年には至らないころ。
 あるところに一組の夫婦が生まれ、夫婦からは子供が産まれた。
 父となった男はその子に名前を与え、
 母となった女はその子に乳を与えた。
 子供は男の名付けたとおり、太陽のような力強さで泣いた。
 女は子供を抱いて揺すりながら、天に祈るように、歌を歌ってきかせた。

泣かないで わたしの太陽
あなたが泣いたら
わたしの空にも 雨がふる

 それから暦が2年過ぎたころ。
 夫婦の間に、また子供が産まれた。
 その子の髪は名付けられたとおり、海の色をしていた。
 女は、寝付きのよい子供のとなりでそっと歌を歌ってきかせた。

おやすみ わたしの海
どんな風にも 心ゆらさず
静かの海

 それから暦が2年と、2年と、また2年が過ぎたころ。
 夫婦に、また子供が産まれた。
 その子の姉と兄はすっかり言葉を話し、子供ではなくなろうとしていた。
 賑やかなところへ産まれついた子に、女は歌を歌ってきかせた。

おやすみ わたしの美しい子
おきたらきっと
楽しいことがまっている
だからおやすみ……

「……やれやれ。寝てるときだけは静かだな」
「本当に」
「ほんの一昔前は……俺とおまえさんだけで気兼ね無かったのにな」
「そうですね」
「なあ。俺には無いのか?」
「え?」
「子守唄」
「……うらやましかったの?」
「……かもな」
「あなた、昔からそういう子供っぽいところあった」

 女は、一昔前と変わらぬ美しい顔で笑い、歌を歌ってきかせた。

おやすみ わたしの愛しい人
明日もわたしのそばに居て
愛してくれて ありがとう


2022.7.26

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