凍星   >      >

吾も海の子

 ネリスは焦っていた。
 群島諸国連合海軍の中でこの上なく望んだ部署に配属されたものの、唯一の上司にはまるで熱意が感じられず失望した。何故どのような経緯でヤールが単独任務に据えられたのかスカルドに問うてみた際、「あれでなかなか適材だ」と笑っていた意図が全く理解できなかった。

「通り過ぎるまではどうにもならんな」
 激しく雨の叩きつける音に紛れてヤールの声が言う。
 紋章砲の痕跡を求めて踏み入った山中で、二人を迎えたのは道なき道と全てを洗い流すスコールだった。せり出した岩場の陰に身を隠すとそこで文字通り身動きが取れなくなってしまった。
「すぐ、止みますよね」
「大丈夫だろ」
 ここいらの島にゃ付き物だからな、と間に人が二人は座れそうな距離を開けて腰を下ろしたヤールが言う。
「…………」
 ネリスは焦っていた。日暮れまでの時を無為に過ごしたくはない。野宿も任務の内と思えば耐えられるが、何某かの成果を得られぬままではより辛い。更に悪い事に、遠くから雷の音さえ聞こえ始める。
「……こりゃもっと激しいのが来るかな」
 何気なく言うヤールの言葉に深刻さは微塵も感じられず、この空虚な時間と近付いてくる雷の気配に堪らなくなったネリスが口を開く。
「……ヤール殿は、何故……この任務に?」
 唐突なネリスの問いにヤールが振り向く。屈んで自らの肘を抱えたネリスが真剣な顔をしているのを見て耳を掻いてから、目線を逸らして答えた。
「……仕事だから」
 答えになっていないと自分でも感じたのか、ヤールが追って言う。
「まあ、正しくは仕事になっちまったから、かね」
 まともに取り合われていないように思えて苛立ったネリスが、肘を抱えた手に力を込めて言った。
「私は…………仕事にしたかったから、です」
 近付いてきた雷鳴がネリスの語尾に重なる。整った顔立ちが強張っているのを見て、ヤールが哀れみのようなものすら覚えて息をついた。そしてまた目を逸らして言った。
「まあ……おまえさんの気持ちもほんの少しくらいは分かるかもな」
 意外ともとれる言葉に戸惑うネリスに、雨の音に紛れてヤールの声が聞こえた。
「俺はイルヤの生まれだよ」


五月闇汝の怒りは火の色す汝も海の子吾も海の子


2023.12.2

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