凍星   >      >

歳末百万世界模様

「ネリス」
「…………」
 ヤールが声をかけても、ネリスはテレビから目を離さなかった。聞こえていない様子に、もう一度呼んでみる。
「……おい、ネリス?」
「……あっ、はい」
 ようやく振り向いたネリスの頬は、目の前の温かい蕎麦と酒のせいか、ほんのり上気していた。
「飲み過ぎたか?ぼーっとしてるぞ」
「いえ、あの……」
 少し言い淀むと、またテレビの方へ目を泳がせる。
「……あなたとこのまま別れるより、死ぬのがいいって…………ちょっと、わかる気がして」
 それも酒のせいか、ネリスが思ったことをそのまま口から漏らす。
 言ってしまってから、ヤールの方を向いた顔が更に赤くなっていくのは酒のせいではなさそうだった。
「…………」
 今年中の残債を一気に背負わされたような気分に、ヤールが頭を抱えたくなる。全てに対して謝りたくなってくるが、ネリスが望んでいるのはそんな言葉ではない事は、ヤールにも分かっていた。
「なんつうか…………」
 やっと絞り出すヤールの言葉を、ネリスがじっと聞く。
「そんな、思い詰めなくても…………心配すんなよ」
 実に歯切れの悪い言葉だったが、ネリスは失望するでもなく、長いまつ毛を上向きにして瞬きした。そして軽く俯いて、返事をする。
「………………はい」
 ヤールは心ない嘘をつかないところを、ネリスは好いたのだった。それから幾らかの月日が経っても、変わらぬヤールの美点であり続けている。
 とりあえずは納得した様子のネリスに安堵して、ヤールが口を開く。
「布団、あっためとくか?」
「ちょっと……早くないですか」
 テレビには華やかな年末の光景が映し出されている。
 間もなく、二人きりの部屋に新しい年を迎えようとしていた。


2022.12.31

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