凍星   >      >

Dopo il Festa

「うぁあ…………」
 人目を憚らずヤールが大きなあくびをした。
 つられて口を開きそうになるネリスが慌ててそれを噛み殺すが、咎めようとはしない。

 群島の民なら誰もが楽しみにする祭りから一夜明けて、人々はどこかふんわりとした気持ちのまま日常を始めていた。
 港では、昨夜のうちに流されて河口に留まっている灯篭を軍や民の船が協力して集めている頃だろう。
「一週間くらい休みを強請ればよかったな」
「またそんな……溶けてしまいますよ」

 ファレナから帰国してから何かと慌ただしく、本来の二人の仕事を再開するのは今日からだった。そのため、昨日の酒や浮ついた気分が抜けないはずのネリスはいつも以上に背筋が伸びていた。
(目は眠たそうだけどな)
 普段よりくっきりとしたネリスの二重まぶたを横目に、ヤールが首をほぐすように回す。
「……仕事始めと言っても、何せブランクが長いからなあ。まずは情報収集をせにゃ」
「資料は整理しておきました。諜報部からの新しい情報も幾つか……」
「よし」
 珍しくよい返事をした上司にネリスが期待したのも束の間、
「ちょっと街へ出るか」
 次にヤールの口から出た言葉にネリスの目尻が上がる。
「そう睨むなよ。今ならまだリノ・エン・クルデスも港にいるからさ」
 ベルナデット様に顔を出しておこうや、というヤールの言葉に逆らえず、昨日とは違う常装で二人は市街へと向かった。

 オベルの繁華街で幾つかの店と人を訪ね、途中ベルナデットへの土産を選び、二人が海軍本部へと戻った頃には太陽が中天に輝いていた。
「飯を食ってからでも良かったろ」
「食休みが長くなるでしょう」
 まったく、おまえさんは真面目だよ……と嘆息するヤールに、ネリスが立ち止まる。振り向いたヤールの目を真っ直ぐ見て、言う。
「……私はファレナで、この仕事への思いを強くしました」
「紋章砲がある限り……争いを、呼ぶのなら」
「私にできるだけの事をしたいのです」

「……おまえさんは本当に真面目だよ」
 向き直って聞いていたヤールが耳を掻く。
(だけど、まどろっこしいな)
 尚も見据えるネリスに向かって、
「正攻法だけじゃ叶わないぜ」
 と、口の片端を上げてつぶやく。

「……ヤール?」
 上司の真意を測りかねる言葉にネリスが当惑していたところへ、訪ねていこうとしていた当の人ベルナデットが、何やら大輪の花を抱えて通り掛かった。
 その後ろを付いてくる兵士の押す手押し車には、贈り物とおぼしき品々が堆く積まれていた。兵士へ先に行くようにと言付けたベルナデットが二人に歩み寄る。
 ファレナで親しく接していた習慣が抜けきらないネリスが慌てて敬礼すると、ヤールも一応といった体の緩い敬礼をした。大きな花籠を抱えていたため答礼はしなかったベルナデットが、二人に笑いかける。
「昨日は驚いたわ。あんなところにいるなんてね」
「ご立派でしたよ。みんな夢中になって名前を呼んでた」
「……そうね。そのおかげで……これよ」
 王の先導する祝祭のパレードにファレナ解放戦争を助けた俊英として参加していたベルナデットへ、その姿を見た市民や貴族、中には同僚の軍人からも、次々に贈り物や手紙が届いていた。
「結婚の申し込みまで来てるのよ……どうかしてる」
 美しい花を抱きながらも素直に喜べないベルナデットに、ヤールが包みを差し出す。
「素晴らしい贈り物とは比べ物になりませんが」
「……やった、もう断然これがいいわ」
 仰々しい花や手紙はもうたくさん、ネリス、これ要る? と花籠を示すベルナデットに、ネリスが「そんな、滅相もない」と恐縮して首をふる。

 ヤールから受け取った菓子折りを嬉しそうに持ったベルナデットの後を、花籠を抱えたヤールと、ネリスが付いていく。
「ヤール、よくあんなところから顔を出したものね」
 昨日のパレードの折り、絶好の眺めの窓から現れた二人を思い出してベルナデットが笑う。
「ツテがあったもんで」
「……そういう変に要領のいいとこ、ちょっと兄さんに似てるかもしれない」
 そう言って微笑むベルナデットに、ヤールが、何番目の? と考え込む顔をすると、さらに顔をほころばせて続けた。
「いちばん上の」
 その人物を思い起こしたヤールとネリスが驚きに言葉を失う。
 そんな二人の様子も面白がるベルナデットに、ヤールがようやく
「…………滅相もございません」
 と、つぶやいた。


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